2025年1月3日に「下谷(したや)七福神めぐり」に行ってきました。
下町の歴史ある寺社をめぐる七福神めぐりで、歩く距離も3.5km程度と、比較的短めのコースです。御朱印は100円を納めて、社務所などでスタンプを押してもらいます。御朱印の受付期間が1月いっぱい、と比較的長いこともあり、参加しやすい七福神めぐりではないでしょうか。
私が七福神めぐりをした1月3日は、七福神めぐりをしている方は多かったものの、御朱印のスタンプは長くて3人待ちというところ。寒い日でしたが、周辺のスポットも見ながら楽しく回ることができました。
この記事では、「下谷七福神めぐり」の
・概要
・アクセス 色紙・マップ・御朱印の入手
・下谷七福神めぐり体験記
などをまとめました。
七福神めぐりとは?
七福神とは、日本で、福をもたらすとして信仰されている神のことです。室町時代に、京都の庶民の間に「福の神信仰」が生まれて、全国に広まったそうです。江戸時代には、正月の初詣もかねて七福神もうでが大流行。七福神の顔ぶれも、現在と同じ 恵比寿・大黒天・毘沙門天・弁財天・布袋尊・福禄寿・寿老人となりました。
七福神を参拝することには、不老長寿・商売繁盛・五穀豊穣・家内安全などのご利益があるとされています。
東京の七福神めぐり
東京には、多くの七福神めぐりのコースがあります。
江戸時代からの伝統がある「谷中七福神」「元祖山手七福神」から、平成になってからの「多摩川七福神」など、はじまった時期はさまざまです。
歩く距離は、コンパクトな「日本橋七福神」で3キロほど、最長の「板橋七福神」で11キロほどになります。距離が長いコースの場合は、2日に分けたり、交通機関をうまく使うのがおすすめです。
七福神めぐりが行われる期間もコースによって異なります。七福神の神様が開帳され(ご本尊にお参りできる)、御朱印の対応をしてもらえる時期が異なるのです。
多くの七福神めぐりでは、時期はお正月や1月に限られますが、通年のところもあります。
七福神の神々
恵比寿(えびす) | 商業、漁業、農業の神。鯛を持ち、釣竿を担ぐ姿が特徴。 |
大黒天(だいこくてん) | 富、豊穣、食物の神。大きな袋を背負い、打ち出の小槌を持つ姿が特徴。 |
毘沙門天(びしゃもんてん) | 戦い、勇気、財宝の守護神。甲冑を着て、宝塔と矛(ほこ)を持つ姿が特徴。 |
弁財天(べんざいてん) | 音楽、芸術、知恵、財運の女神。琵琶を弾く姿が特徴。 |
福禄寿(ふくろくじゅ) | 幸福、財運、長寿の神。長い頭と白い髭が特徴。 |
寿老人(じゅろうじん) | 長寿、健康、福徳の神。白髭の老人で、杖と巻物を持つ。 |
布袋(ほてい) | 笑い、幸福、豊かさの神。大きなお腹と満面の笑み、大きな袋を持つ姿が特徴。 |
下谷七福神めぐりの概要
下谷七福神めぐりは、1975年に始まった七福神めぐりです。
御朱印受付(期間) | 1月1日~15日 8:00~17:00 1月16日~31日 9:00~16:00 各寺社により受付出来ない日もございます ※寺社で配布されている「下谷七福神めぐり」マップ記載の情報 |
御朱印色紙配布 | 元三島神社 、入谷鬼子母神、英信寺、法昌寺、弁天院、飛不動尊正宝院 寿永寺 ※1枚600円,700円など。色紙の種類や大きさによる |
七福神 | 寿老神 元三島神社 福禄寿 入谷鬼子母神 三面大国天 英信寺 毘沙門天 法昌寺 朝日弁財天 弁天院 恵比寿神 飛不動尊正宝院 布袋尊 寿永寺 ※社務所などで100円を納め、スタンプを押していただく |
「下谷七福神めぐり」へのアクセス・ご朱印色紙・マップ入手
「下谷七福神めぐり」では、回る順序は自由です。ご朱印色紙は、どの寺社でも購入できます。「下谷七福神めぐり」マップも、すべての寺社に設置されていました。
「下谷七福神めぐり」に参加している寺社は、JR鶯谷駅と、東京メトロ・都電荒川線三ノ輪橋駅の間に分布しています。
鶯谷駅に近い元三島神社、三ノ輪橋駅に近い寿永寺のいずれかから回るのがおすすめです。
●元三島神社:JR鶯谷駅より徒歩2分
●寿永寺:東京メトロ・都電荒川線三ノ輪橋駅より徒歩3分
私は、鶯谷駅からスタートし、元三島神社で、ご朱印色紙とマップをいただきスタートしました。元三島神社までのアクセスを、写真でご紹介します。
2025年1月2日13時30分にJR・鶯谷駅に着きました。気温は7℃で曇り時々晴れ。寒い日です。
鶯谷駅では、北口から出るのが大事です!(私は南口から出てしまったのですが・・)
駅前からの道をこの看板の矢印の方向に歩きだします。最初の路地を右にはいります。
お店が立ち並ぶ路地の中に、元三島神社が見えてきました。
着きました!本当に町の中にある神社です。鶯谷駅から徒歩2分です。
石段を上った先の社殿です。とてもコンパクトですが、お参りの方や、私のように七福神めぐりをスタートする方たちでにぎわっていました。
お参りしてから、社務所で、色紙を購入。色紙は、デザインが違う600円と700円の2種。さらに大判の色紙もあるとのことでした。これから回る寺社では、100円で御朱印を押してもらえることも確認しました。
社務所のラックには、「下谷下谷七福神めぐり」のマップが置かれていましたので、1枚いただきました。赤塚富士夫さんのイラストが入っています。このマップは、交差点の名前などがしっかり入っていて、スマホの地図を見なくても回れるわかりやすいものでした。ぜひ入手することをおすすめします!
ここから、下谷七福神めぐり、スタートです。
下谷七福神めぐり体験記
ここからは、私が撮った写真で下谷七福神めぐりの体験をお伝えしていきます
元三島神社 寿老神
元三島神社の石段を下りてから、「あ、寿老神にお参りしていない!」
色紙を手に入れて満足していたけれど、お参りしていないことに気づきました。
もう一度石段を上ってキョロキョロするも、見つからず、社務所の方に聞きました。
やさしいお顔に長いひげの寿老神は、社殿の中にまつられていました。教えていただいたので、もう一度お参りしました。
元三島神社には次のような由緒があります。
元三島神社は、伊予水軍を率いた河野通有が、大山祇命のお告げを受けて上野山内に鎮座したのが始まりと伝えられます。その後、上野が寛永寺の社地になったてめ金杉(台東区根岸)に移転。さらに、幕府の命で、浅草に移転することに。氏子にとっては、氏神様の遠方への遷座は不都合であることから、金杉・根岸の村民は協議して、金杉にあった熊野神社と合祀し、元の社地近くに「元三島神社」として鎮座することになりました。
元三島神社~入谷鬼子母神
次は、入谷鬼子母神へ。
元三島神社からは、600mの距離です。
路地の中にある元三島神社から、言問通りへ。あとは、言問通りをまっすぐ進みます。
このあたりは、宿泊施設と、中華料理店が多めでした。
七福神めぐりの色紙を持った人が何人も歩いていて、心強いです。
また、「下谷七福神めぐり」マップに、目印になる建物がしっかり表示されているのも助かりました。
間もなく、道沿いに、七福神めぐりののぼりが見えてきました。
入谷鬼子母神(眞源寺) 福禄寿
入谷鬼子母神(眞源寺)に到着しました。
看板を見ると、眞源寺は1659年に日融上人によって創建されたお寺。安産・子育ての神様である鬼子母神が祀られています。7月には朝顔市が行われることでも知られます。
入ってすぐのお堂に、福禄寿が祀られていました。小さな像は、おだやかな佇まいです。
百度石がありました。ドラマなどでお百度参りって見るけれど、どの百度でしょうか?
本堂には、鬼子母神の大きな提灯が下がっています。
左側の建物は寺務所で、こちらで御朱印のスタンプを押していただきました。
7月には、有名な朝顔市にも来てみたいな!
入谷鬼子母神~英信寺
入谷鬼子母神から英信寺までは200mの距離です。
言問通りから金杉通りへと曲がると、素敵な看板建築が見えました。
金杉通りは、昭和初年に開通。、昔はこの街道を奥州街道裏道と呼んでおり、古い道のようです。
あっという間に英信寺に到着しました。英語表記の看板が素敵です。こういうものがあると、外国からの方は助かりますね。
英信寺 三面大黒天
英信寺には、門をくぐって入ります。三面大黒天の看板も提灯も出ています。
英信寺は、紫雲庵と号して1631年に創建。その後、廃庵同様となっていたものを、松平壱岐守英信の菩提を弔うため整備され、「英信寺」と改称したといいます。
写真のように、庭が美しい英信寺。本堂でお参りする際、賽銭箱の前に大きな数珠のようなものが下がっていて、それを回すようになっていました。とてもよい音がしました。
三面大黒天は、創建した当初から安置されたもので、弘法大師の作と伝えらます。正面に大黒天、右は弁財天、左に毘沙門天の顔を持つ大黒天です。
大黒天にお参りする方は多くて、少し並びました。ガラスケースに入った貴重な大黒天にお参りしました。
寺務所でご朱印をいただいたら、小さな鈴をもらいました。うれいい!
法昌寺 毘沙門天
英信寺から法昌寺までは200m。
金杉通りから、住宅街の細い道に入ると、見えてきました。
毘沙門天は写真の堂の中に。毘沙門天は、必勝や開運を祈願する参拝者が多いそうです。
精悍な姿の毘沙門天でした。
法昌寺は、1648年に下谷御切手町付近に創建、1737年当地へ移転したといいます。
プロボクサー兼コメディアンのたこ八郎さんのお墓があり、「たこ地蔵」と呼ばれる地蔵菩薩像も祀られています。由利徹・赤塚不二夫・山本晋也などの各氏によって建立されたものだそうです。
私は、写真の寺務所でご朱印をいただきました。
法昌寺~弁天院
下谷七福神めぐりの中でも距離があるの法昌寺~弁天院間。700mほど歩きます。
「金美館(きんびかん)通り」を歩きだすと、すぐ近くに「小野照崎神社」がありました。小野篁(おのたかむら)を御祭神として祀る神社で仕事運、芸術・芸能上達、学問などのご利益があるとされているそう。道の反対側から見ても、参拝の方が多かったです。
金美館通りには、古い建築が残っています。写真のカフェは、リノベーションしていていい感じでした。時間に余裕があれば入りたかった!
「金美館」というハイカラな名前は、昭和中頃までこの通りに映画館「入谷金美館」があったことによるそう。何店舗も展開する映画館だったようです。
素晴らしい建物!と思ったら、有名な建物でした。「水上酒本店」は、明治33年創業の酒店で、建物は昭和4年築だそうです。
金美館通りから離れて、住宅地を北上。道路がきれいな碁盤目になっているので迷いません。
このあたりから、住居表示が「竜泉」になります。
弁天院の七福神ののぼりが見えてきました。
弁天院 朝日弁財天
弁天院の門を入ると、ブランコが見えました。公園と同じ敷地にあるようです。
池や橋があるのも弁財天らしくて、雰囲気があって私はひそかに大興奮!
こちらの弁天院には次のような歴史があります。
弁天院は、常陸下館藩主・水谷勝隆により創建。
水谷勝隆が、江戸時代に上野の不忍池弁天堂を創建した際、自身の江戸下屋敷にも辯才天を勧請した。不忍池を夕日、こちらを朝日弁財天と称したと伝えられる。
かつて、この地の弁天池は約8,000平方メートルもあり、弁天堂のあった中之島には大木が茂っていた。しかし、関東大震災の後、焼土の処分場となったため、小さな池を残すのみになっている。
本堂でお参りし、ご朱印をいただきました。
「弁財天の御開帳は今だけですよ」と教えていただき、手を合わせました。
たくさんの方(お寺の方やお手伝いの方?)が、本堂の内外で働いていて、とても活気がありました。
弁天院~飛不動尊正宝院
弁天院から飛不動尊正宝院までは700m。少し距離があります。
竜泉寺町の碁盤目状の町を歩いて、国際通りに出ました。
提灯の看板がありました。
国際通り沿いのお寺。
国際通りに出たら、鷲神社が見えていたので寄り道しました。酉の市で有名な神社。参拝者が並んでいて、華やかでした。
その後、今年の大河ドラマの舞台を覗いてから、飛不動尊正宝院へ。
飛不動尊の近くの道路には、「一葉桜開運振興会」の文字。すぐ近くに「一葉記念館」があります。樋口一葉は、この近くに住んだ時期があり、「たけくらべ」もこの界隈が舞台となっています。
飛不動前の信号を折れ
まっすぐに伸びる道に飛不動尊がありました。時間は午後4時前。日が陰り、寒くなってきました。あと2か所です。
飛不動尊 正宝院 恵比寿神
飛不動尊正宝院の参道には、多くの提灯や幟が並んで壮観でした。飛不動尊のホームページを見ると、歴史は次のようになっています。
本山派修験僧の正山上人が1530年に開いた修験系天台宗の単立寺院です。
正山上人が諸国をまわり、この地で村人に宿を施してもらった時、光と共に立ち昇る龍の夢を見ました。龍の夢はお不動様のご加護を象徴するものなので、上人は村人達の息災延命と自らの旅の安全を祈ってお不動様を刻み奉安しました。
創建後まもなく、住職が、ご本尊のお不動様を笈で背負い、大峯山まで修行にでかけた時のこと。お不動様の分身を携えた人々が集まり一心に祈ったところ、お不動様は一夜にして江戸に飛び帰り、願いを叶えてくれました。それ以来、飛不動尊と呼ばれるようになりました。
現在では航空関係の方々や飛行機を利用する方の参拝が多いそうです。飛行機関係のお守りが多く置かれていました。特徴のある不動尊です。
恵比寿神は、お堂の中のガラスケースに入っていらっしゃいました。願いごとがよくきくように「きく恵比寿」と呼ばれています。生けられている花は菊なのですね。きく恵比寿だからでしょうか?
10月10日は「すべての願いをキク」菊恵比寿の日です。菊を供えてお参りするのだそう。
周りには二体で話し合っている風の羅漢像や、お地蔵様があって、賑やかな感じでした。
寿永寺 布袋尊
飛不動尊から寿永寺までは600m。距離はありますが、一本道です。
寒いので急ぎ足で寿永寺まで歩きます。
寿永寺に着きました。
階段の上に立派な本堂が。
寿永寺の歴史は次のとおりです。
寿永寺は1630年に建立されました。寿永法尼が、徳川二代将軍秀忠公の菩提を葬うために、庵室を営んだことに起源しています。寿永法尼は、徳川秀忠夫人(お江与の方)に仕え、後に出家して寺を創立したそうです。
布袋尊は、地域の人々に愛されています。
布袋像はすごく大らかな笑い顔でした。
後ろの寺務所で最後のご朱印をいただきました。「冷えてきましたね」とやさしい言葉も。
自分でスタンプを押すのもいいけれど、ご朱印のスタンプを押していただくのも、ふれあいがあってよかったです。
寿永寺から三ノ輪駅までは200m。
駅前のドトールコーヒーでほっと一息つきました。
下谷七福神めぐり まとめ
下谷七福神めぐりは、歩く距離も3.5km程度と、比較的短めのコースです。御朱印の受付期間が1月いっぱいと比較的長いこともあり、参加しやすい七福神めぐりではないでしょうか。
色紙やマップはどの寺社でもいただけますが、鶯谷駅近くの元三島神社か、三ノ輪橋駅近くの寿永寺から回るのがおすすめです。私は、鶯谷駅近くの元三島神社からスタートしました。
御朱印は、各寺社で100円を納めて、社務所・事務所などでスタンプを押していただきました。押していただく時に、少し会話があったりするのが楽しかったです。私が七福神めぐりをした1月3日は、御朱印のスタンプは長くて3人待ちというところ。待ち時間は気になりませんでした。
鶯谷駅付近と、三ノ輪橋駅付近に飲食店がありますが、それ以外は比較的静かな町を歩きます。飲食店は点在しているので、休憩スポットを決めておくのもいいかもしれません。短めといえども、7ヶ所を回るには結構歩きます!
下谷七福神は、下町の歴史ある寺社をめぐります。一つ一つの寺社に特徴があって、とても楽しい時間でした。下谷七福神めぐり、おすすめです!