『ひとりで食べたい』野村麻里 ひとりごはんは修行

ふつう散歩

ひとりごはんは難しい?

一人でカフェ。一人でレストラン。私は割と大丈夫な方だ。
子どもの頃にはじめてピザを見た世代のせいか、きれいめな店を選びがちだ。
ここに来て、もっと攻めていこうと思いはじめた。

ラーメンも、中華も、蕎麦屋やとんかつも行ってみたい。
できればチエーンのカフェでなくて、その場所の特徴ある店を選びたい。

しかし、攻めたあげくに、あれれ、となることが多い。

神保町のイタリアンでは、自分以外全員がにぎやかなグループ。端の端に追い込まれた。
「この店カウンターあるよね」と入った焼き鳥の老舗では、カウンターが満席で、座敷の真ん中に座ることに。

快適なひとりごはん時間を手に入れるのは、なかなか難しい。

『ひとりで食べたい』で取り上げられているスポット

そんな時に『ひとりで食べたい』を読んだ。

著者の野村麻里さんは、料理作るのも食べるのも好きな50代女性。
一人で食べる系のいろいろな場所に行き、ある時はインタビューもしている。
立ち食いそば、町中華、コンビニ、ラーメン、海外での一人ごはん、一人温泉。

私が進出予定のものが多くて、参考になる。

ラーメンの一蘭は、客同士、客と店員が見えないようになっているのだそう。食べることに集中するために。それはいいな。一蘭は、いつも行く立川にもあるではないか。

多くの人が一人で入って、さっと出てくる町中華の話題もあった。
店の人が「人の顔なんて忘れちゃうのよ」という。

なるほど。町中華も、ひとりごはんには、居心地よさそうな気がしてきた。

ひとりごはんは修行なの?

この本の中で「ひとりごはん修行」の話が印象的だ。

さまざまな場所で食べている野村さんにとっても、ひとりごはんにはハードルがある。海外の高級レストランに行った時などは特に。料理が出てくる間、何をしようかと悩んだりもする。

そんな時、野村さんは、もっと慣れていそうな知人から「一人で食べるのは辛いし、寂しい。でも、おいしいものがあるのに食べない人生と、ちょっと頑張って食べる人生だったら、食べる人生でしょ」という話を聞く。

「そうか修行か」と著者は思った。私も思ったよ。
一人で食べている自分をつらいと思う気持ちは、慣れている人にもあるんだな。

ひとりごはん仲間が多いところを選ぶのが一つなのだ。
町中華、そばやうどん。
まずはその辺で食べてみる。
わいわいしている店に入ってしまったら、それは修行だ。みんなの話を聞いちゃうとか。もちろん食べ物の味に集中しよう。

ひとりごはんをもっと楽しみたい

そう、ひとりごはんでは、隣の話がよく聞こえる。

「旅先で知らない人の家についていったら不思議な家でさ」
普通の人が突然すごいことを話しはじめる。
耳をぴんとしたまま、お皿に目を落として聞いている。

ひとりごはんでは、隣がよく見える。

朝のカフェで、隣の若い人が一心に書いているのが退職届だったり。
「こんな狭いテーブルで君はオンライン会議をするのか」みたいな会議がはじまったり。

脱線してしまった。
『ひとりで食べたい』は、なんか非常に、ひとりごはんを応援する本なのだった。
この本に勇気づけられて、私もひとりごはんの幅を広げ、このブログでも紹介していきたい。

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